平和食堂

2025年08月26日

幼い頃、祖父は豊橋市の市民病院にかかっていて、定期的に受診に
行っていました。私はお供で、時々ついて行きました。
家から豊橋市の市民病院までは路線バスで片道約1時間かかり、結構遠い道のりでした。
その頃の豊橋駅は駅前に小便小僧の噴水、手前に丸物百貨店と言えば、同年代の人
は懐かしく思い出すのではないでしょうか。
市民病院も今は郊外に移転しましたが、その当時は駅から歩いて10分ほどの市中に
あって、病院の玄関を入ると下足番の人がいました。
下足番にそれまで履いていた靴を渡すと、代わりに上履きのスリッパをくれたものです。
診察が終わると、お昼ご飯は決まって近くの「平和食堂」で食べました。
小学校の低学年だった私が何を食べたか覚えていませんが、きっとカレーライス
か何かだったのでしょう。
大人になってからも豊橋へ行く度に、その平和食堂は目に入っていました。
ただ、街中で駐車場もなかったので、お昼を食べる時はついつい駐車場つきの郊外の
お店を選んでいました。
年を重ねると、無性に昔の事が懐かしくなるものです。
今年○○歳になり、市から公共交通機関で使えるチケットをいただいたので、
車で最寄りの駅まで行って、駐車場に車を預け、そこからは電車で豊橋駅に向かいました。
平和食堂は何十年も変わらず、そこに佇んでいます。
タイムスリップしたような気持ちでドアを開けて、席につきました。
お店は満員で、相席もありました。頼んだのは本日のランチの味噌カツ丼。
美味しかったです。
「平和食堂」・・・豊橋は戦争中大きな空襲があって、焼け野原となった事がありますので
戦争が終わった時に恒久の平和を願って、その名前をつけたのでしょうか。
それにしても、競争が激しい飲食店の中で何十年も変わらずに営業を続けているのは
大したことと思いました。
ちなみに、平和食堂の向かいが生地屋さんなので、ほぼ出来上がったおばあちゃんの
キルトのボーダーになる布を買って来ました。

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